「革命を求める独裁者」―SIDE L
昔からよく可愛いと褒められる顔でにっこりと笑顔をつくり、毒気を抜けれて呆けた男に近付いた。
その顎を蹴り上げる。
悲鳴とも呻き声とも呼べる音を発して、転げまわる男を冷笑に変わった顔で見下ろした。
このギャップが大事なんだよね。
「しばらくは喋れないね。あぁ、食べるのも無理かも」
嘲笑を落とすのも忘れない。
「適当に痛めつけてから、その辺に捨てて来て」
部下に言って、返事を待たずに部屋を出る。
ドア越しの遅い返事を聞き取り、
「行くよ、グナ」
腹心を連れて街へ出た。
自分の目で現状が見たいって理屈で日課にしてる散歩。
本当の理由は単なる息抜きだけどね。
いつも通り街をぶらつき、充満している死臭に笑う。
自分からも同じ香りがするってちゃんと自覚しているから。
かつては港町として栄え、流行の発祥地とも謳われたこの広大な街も、
今はごみ溜めと変わらないんだから、笑うなって方が無理な話だ。
3年ほど前から始まった戦争で、誰を恨めばいいのか、
街は緩衝地帯のど真ん中に位置することになった。
偉そうに統治していた貴族や金持ちは街から逃げ出し、ここは現在、絶賛無法地帯中。
街角に死体が転がらない日は無いっていう物騒な場所なわけ。
通称「見捨てられた街」って、
誰が言い出したのか、上手いこと言うね。
コピーライターに転職することをお勧めするよ。
まぁそんな腐った街で俺は何してるかって言うと…。
「リシ様、明日の会議ですが、支部の半数以上が参加できるとのことです。
今夜は明日に備えて、もうお帰り下さい」
俺の一歩後ろをぴったりと付いて来ながら、堅苦しく言ったのは、
友人であると同時に頼りになる右腕のグナ。
固いって言うか言うか融通利かないって言うか、真面目すぎるところが玉にキズだけど、
俺にとっても組織にとっても無くてはならない参謀。
「グナ、今夜伯爵の甥を殺すってプランは変更できないよ?」
俺の話しぶりがよっぽど愉快そうだったのか、グナは眉間に皺を寄せた。
「貴方自身が立ち会う必要はないと思いますが」
「組織の殺しには必ず立ち会うって俺のポリシーなんだよね」
にまっと笑って、溜息をついたグナを黙殺する。
俺が今やってるのは良く言えば革命、実際は誰も権力者がいない内に新しい政府を立てて、
街を独立国にして乗っ取ってやれみたいなテロ活動。
面白いことが好きな俺が、強引にグナを巻き込んで始めたの事の起こりなんだけど、
今じゃ街で知らない奴はいないってくらいデカい団体を転がしてる。
影響力はグナの頭脳と俺のカリスマ性が五分五分ってとこかな。
「リシ様、せめて車内では睡眠を取って下さい」
グナが呆れ半分諦め半分の声で言った直後、
絶妙なタイミングで滑り込んできた車がすぐ横に停まった。
「ん。じゃあ、そろそろ行こうか」
運転席から降りてきた部下―ミトラがグナに恭しくキーを渡すのを横目に、車に乗り込む。
ミトラは俺よりひとまわりも年上の男だけど、グナに心酔しててもう2年近く俺たちと活動してる。
一言で言えば献身的。
あんまり俺とは折り合い良くないけどね。
だってグナと同じ超真面目属性。
…ま、合わなくて当たり前か。
運転手がグナに変わった車は静かに場末を走り抜け、目的地まで滑らかに走行した。
口笛を吹きたくなる豪邸に土足で上がり込み、寝室に押しかけて寝ているターゲットを銃殺。
所要時間は10秒余り。
あとはトンズラ。
言い表すだけならこんなに簡単だよね、殺人だって。
まぁ、これは俺が殺ればの話なんだけど。
今回の殺しは超初級レベルだから、まだ殺しの経験が無い新入り2人にやらせることに決まった。
提案者はもちろん俺。
ターゲットが初殺しを飾るのにぴったりの相手だったからさ。
手馴れてる部下に手薄な警備を任せ、計画通りターゲットの寝室に入る。
緊張した新入りが発するぴりぴりした空気がたまらなく気持ち良い。
興奮しちゃうね。
豪勢なベッドでぐっすり寝てる今回のターゲットは、天使みたいな可愛い子供。
歳は11歳くらいかな。
悪いね、少年。
10年後に脅威になる可能性がカケラでもある奴は早めに殺しとけって、革命家の間じゃ常識なの。
「はい。頭と胸に1発ずつね」
銃を受け取った新入りは唾を飲んで銃を構えた。
俺は懐中時計を取り出し、秒数を数える。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。
「遅い。お前もう死んでる」
銃を取り上げると、新入りは情けない顔をして、天使と銃を見比べた。
まー予想通りってやつ。
無抵抗な弱者を殺すのって、ハジメテの奴にはかなり耐え難い。
ふかーい傷になるくらいには。
特に、革命を目指すんだーって、まるで正義の味方にでもなるつもりで来てる奴なら尚更。
だからこそ、連れてきたんだ。
俺たちは正義なんざ掲げる資格もなければ、そんな気も更々ないってわからせるためにね。
だからってなんの躊躇もなく殺されても、そんな奴ここにはいらないけど。
ひとまず合格っと内心笑いながら、唇を噛んでいる新入りを冷ややかに見る。
「次、お前」
もう一人に銃を渡したとき、天使が寝返りをうった。
丁度、可愛らしい寝顔がこちらを向く。
新入りその2は銃を持ったまま動きを止め、泣きそうに俺を見た。
俺よりデカい図体して、なんだよ。ったく。
「できません…。まだ、子供ですよ…?そんな、こんなことのために俺は…」
この組織に入ったんじゃないって?
あのねぇ、笑わせるなよ。
「う、ん…」
新入りその2が馬鹿みたいに騒ぐから、天使が起きちまった。
銃を奪い、胸と腹に2発。
結局殺るのは俺なわけね、わかってたけどさ。
薄笑いすら浮かべてトリガーを絞った俺に、新入りたちは顔色悪く俯いた。
実を言うと、最初からこのつもりだった。
初殺しでトラウマをつくることと、
組織の頭で半独裁者な俺に対する畏怖を植え付けるのが、こいつらを参加させた本当の目的。
…だからサディストとか悪魔とか言われるんだよねぇ。
俺は平然とした態度で天使に近寄り、その開きかけてた瞼を丁寧におろした。
近くで見たら、本当に綺麗な顔。
「リシ様」
あーはいはい。
静かなグナの声に急かされて、屋敷を飛び出した。
外で他の仲間とも合流して、任務達成のシグナル。
新入りを除く全員で頷き合って、2人ずつに分かれ、それぞれ違う方向に逃げた。
グナと裏通りに停めておいた車に乗り、無線で本部に報告を入れ、ようやく落ち着いてシートに深くもたれる。
「可愛い子だったね。あと3年もすれば街でも評判の美少年になってたよ」
俺には及ばないけどねーと嘯いた俺を、ミラー越しにちらっと見ただけで、グナは何も言わなかった。
俺は首にかけている組織名が刻まれたプレートを指で弾いて、瞼を閉じた。