「アイデンティティ」 ―quality―
「さっきの言葉だけど、君も至上の喜びだと思う?」
2体は疲れたように座り込んでいました。
「人間の役に立つことが?」
「うん」
嵐のようにやって来て、そして去っていった不良品でないアンドロイドの言動は、
2体にそれぞれ影響を与えていました。
「ま、そうなんじゃない?」
「…それってどっちなの?」
「君はどう思うんだよ?」
アンドロイドは寄りかかっていた壁から離れ、
「僕は人間の役に立ちたいと思うよ、凄く」
強く言いました。
「ただ…あのアンドロイドは、僕の理想とはちょっと違う気がして…」
もう1体は後頭部を壁に預け、天井を仰ぎました。
「使い捨ての存在でも文句を言わず、個性を消されても不満を持たない。
人の役に立つってのは、僕たちアンドロイドにとって、そういうことだよ」
アンドロイドはふぅんと考えるように頷き、
「さっきのアンドロイドが、模範で、僕が初期化されたら、ああなるんだよね?」
聞きました。
「そうだよ。あれが不良品じゃない僕たちの姿ってことさ」
「じゃあ僕も、病気の男の子の話をしながら笑うんだ」
アンドロイドにとっては単なる確認の言葉でしたが、もう1体は驚きました。
まじまじと目の前のアンドロイドを見ましたが、アンドロイドは気付かずに話を続けました。
「デリカシーが無いと思わない?」
もちろん、その単語は単語としてアンドロイドの中にインプットされているので、
このアンドロイドが発することに不思議は無いはずです。
けれど、あまりに違和感があって、もう1体のアンドロイドは、電脳がおかしくなりそうでした。
例えるなら、目の前で人間が飛んでいて、はっきり視覚データにその映像が入っているけれど、
アンドロイドの電子頭脳ではそんなことはとうてい認識出来ず。
しかし、それを見間違いにするにはアンドロイドの視覚機能は正確すぎて、
結局、融通の利かない機械は故障してしまう、という流れの直前に、そのアンドロイドは立たされていました。
それは、目の前の不良品アンドロイドがあまりにアンドロイドらしからぬ、つまり人間そっくりな喋り方をしたためでした。
アンドロイドであると認識されているものが、アンドロイドよりも人間のようだなんて…、
そんな訳が無いと、アンドロイドは思考をストップさせました。
「僕はもっと、人間のことが解るアンドロイドになりたいんだ」
このアンドロイドの電脳はどこでどんな回路ミスを犯しているんだ。
もう1体は本当に不思議に思いました。
「K-S-33、010228、至急工場長室へ」
無機質なアナウンスが流れ、安堵さえも感じながら、アンドロイドは立ち上がりました。
「君、昨日も呼び出されたよね。どうかしたの?」
「まぁ…初期化までの手続きってやつだよ」
「僕は?」
「僕の次は君の番だって」
半分逃げるように、アンドロイドはその場を後にしました。