アイデンティティ ―function―

 

「ねぇ、僕、考えたんだけど」

隣から声をかけられて、アンドロイドは目を開けました。

話しかけたアンドロイドはそれを確認して、

「例えば、僕がちゃんと出荷されて、ある家庭の赤ちゃんの世話をしていたとする。

暫くして僕の電子頭脳の一部に不備が見付かって、僕の代わりが来ることになったとする」

と、そこまで言って言葉を切りました。

その話を聞きながら、アンドロイドは嫌な気分でした。

それは、この新型アンドロイドたちに初めて導入された不快感でした。

それまでのアンドロイドは喜ぶことも悲しむこともありませんでした。

しかし、親子間での殺傷事件が増加の一途を辿っているため、

子供の教育をアンドロイドにさせようという政府の提案により、

家庭用の乳母的存在となることを目的として、このアンドロイドは開発されたのでした。

幼い子供をしつけるためには不快な感情も理解し、持ち得る必要があるという考えの元に、

不快感や喜怒哀楽を正確に認識、的確に表現できる、機能を備えて。

画期的な次世代アンドロイドだと騒がれた新型アンドロイドですが、当然ながら、人間とは違います。

不快を感じ、それを教えること、注意することはできても、怒鳴ることはできません。

また、聴覚器官への接続を切ったり、無視をするなどといった器用なこともできません。

ですからこのアンドロイドは不快感に耐えながら、じっと話を聞くしかありませんでした。

「代わりのアンドロイドが僕の代わりになろうとしても、その赤ちゃんが何が好きかどうしたら泣き止むか、何も知らない。

それを知る過程は僕と等しくはならないから、そのアンドロイドと僕は違うんだ」

一旦間を置いて、

「つまり、僕の代わりはいないんだ」

話し終わったアンドロイドは少し笑いました。

話を聞き終わったアンドロイドは溜息をつきました。

もちろん、実際に息を吐いてはいません。

音だけです。

そしてゆっくり話し始めました。

「確かに、そういう意味では君と他のアンドロイドは違う。別の個体なのだから当然だけど」

もう1体はじっと話を聞いていました。

「君を見分ける、という観点で言えば、傷のひとつでもつけば他と君の違いはできる。

でも、君が言いたいのはそういったことじゃないだろ?

君とその他のアンドロイドの本質的な違い…まぁ、君の言葉で言うなら"個性"ってものの有無、ってことだよな?

これについては、僕らに個性は無い、この一言で終了。

アンドロイドとしての機能性においての違いで話すのであれば、代わりのアンドロイドと君の違いは単なる時間の差だよ。

君の記憶データをコピーすれば君とまったく同じ君の代わりができるさ」

言われたアンドロイドは、記憶データが保存してあるマイクロディスクが埋め込んである辺りを指で触りました。

「そっか…」

そんなまるで人間のような仕草をするアンドロイドに、もう1体は問いました。

「…君の言う個性って、いったいなに?」

問われたアンドロイドは首を傾げる動作をしてそのまま停止し、情報処理中を示すLEDが発光しました。

「例えば…君の話し方って僕とちょっと違うでしょ?そういうのが個性、だと思う」

言葉を探しながらアンドロイドは答えました。

聞いたアンドロイドは考えるように少し黙って、

「…だから不良品なんだろ?」

あっさりと答えました。

それからまた、沈黙が広がりました。