「涙」

 

映像に合わせて、青白い光を反射する横顔を、そっと見た。

ぼろぼろ。

という修飾語がぴったりだ。

ぼろぼろ、ぼろぼろ。

僕らが見ている映画は、まったく同じストーリーのはずなのに、この差はなんだろう。

映画の続きなんかより、彼女の顔の方が興味深くて、横目でじっと彼女を観察した。

 

せっかく用意しておいたハンカチは、ぎゅっと握りしめられた状態で口元に押し当てられている。

まつげが小刻みに揺れていて、彼女が震えているのが解った。

見開かれた瞳はじわぁっと滲んでいて、瞬きの度に水滴を落とす。

溢れて、溢れて、止め処なく。

頬を伝って、あごから落下。

ぼろぼろ、ぼろぼろ。

フローリングの床に落ちて弾ける。

ぼたぼた、ぼたぼた。

人間の体を流れる血液は、あんなに深い赤色なのに、どうして涙は透明なんだろう。

くだらないことを、しばらく真剣に考えた。

 

思い出したように、彼女の細い喉が上下して、ごくんと唾を飲み込む。

彼女はなにを見ているのだろう。

同じ映画を見ているはずだ、と僕はさっき思ったけれど、違うみたいだ。

彼女はこの映画を見ながらきっと、もっと違うものも、同時に見ているんだ。

僕には想像もできないような、なにか凄いものを。

画面を見つめる彼女の表情は、深くて複雑で曖昧。

 

ぽとん、ぽたん。

涙の落ちる間隔が開いてきた。

映画はクライマックスだ。

ハッピーエンドに向かっているらしく、彼女の涙が乾いてきた。

キラキラと、濡れた瞳が輝いている。

その瞳を、彼女の邪魔にならないように少しだけ身を乗り出して覗き込む。

 

嬉しそうに、幸せそうに、彼女は微笑んだ。

やっと幸せになれたこの映画の主人公と同じように。

まるで、自分がその主人公にでもなったみたいに。

 

真綿に包んでおきたい、衝動。

どうしようもなく、彼女が愛しく思えた。

 

テレビの画面が暗くなり、彼女の横顔に影ができる。

ENDの文字。

「面白かった?」

優しく声をかけると、彼女は頷いた。

「そっか」

いきなり押し付けられた彼女に、辟易していたはずなのに、僕は自然に笑った。

「次は?」

僕の指を握ってきた小さな手を握り返し、僕は笑いながら、

「人魚姫」をデッキから取り出して、彼女が指差した「シンデレラ」を差し込んだ。

 

 

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