未無題 −プロローグ− 

「帰りの車内にて、馬鹿にされつつ口説かれる」

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「一目惚れなんて馬鹿な人間の落ちる見え透いた落とし穴だ、そう考えているんだろ?」


一瞬だけ目を向けたキョウの表情は暗くて分からなかった。

前を向いたままだったから、台詞に合わせた表情など作っていなかったかもしれない。

むしろ、俺から顔が見えないのを分かっていて話を始めたのか。

どちらにしろ、相変わらず芝居掛かった態度だ。


バカバカしい。

一目惚れなんかよりよっぽどだ。


黙って視線を正面に戻した。

ヘッドライトが照らす範囲には他に車の姿はない。

ただうるさいくらいに虫の声が聞こえてきた。


「でもさ」


声から滲み出る嘲笑。


「価値観の好みも顔の好みも大して変わらないだろう。結局は独断と偏見に満ちた感覚だ」


街灯のぼんやりした光が一筋、滑るようにキョウの顔を撫でた。

横目で見た顔は無表情だった。

街灯は一瞬で流れ去り、すぐにまた光も運転席の横顔も見えなくなる。


「考えようによっては価値観の好みの方がよほど利己的だ。

己の望む価値観の基に己の望む言動をする人間が好みなんだからな」


クッと喉で笑う音がした。

あぁなんだ。お前機嫌が悪いのか。


「正に、愛しているのは自分だけだ」


目的地が果てしなく遠く感じた。

対向車もない暗い道を長く走っているせいで、時間の感覚も狂ってきた気がする。


「愛なんて、結局自己愛に帰結するものだろ」

果てしなくこいつに愚痴られるよりは会話の方がまだマシだ。

キョウが声も無く笑ったのが気配で分かった。


「自己愛を越えた愛が存在しないとは証明できないだろう」

「見えもしないものに悪魔の証明を持ち出すな」

「存在は証明できるからな」

あるかどうかも証明できないだろうと言う前に断言される。


あぁ嫌な予感がする。

うるさいくらいだった虫の声が遠のいた。





「記憶復帰とヒロイン登場」