「記憶復帰とヒロイン紹介」 ----------------------------------------------------
俺は両足が不揃いな状態で止まった。 化粧品会社のCMだと思われるデカい広告をぼんやりと見上げたまま、
細いアルミによる螺旋構造の傘立ては、立ててある透明なビニル傘一本以上の収容はできそうにない。
もっと嗜好品に金をかけたがる性格かと思った。
木製の家具と白いカーテン、薄型テレビは一人暮らしとしては大きめだが、規格外というほどでもない。 カーテンと同じ真っ白なソファは置物にしか見えなかった。
喫茶店にあるようなスツールの椅子はよそよそしい。
俺が何か感情を抱く前にふいっと視線を外して、食器棚からカップを二つ取り出す。
カップは今キョウが出した二つだけで、皿は平皿と深皿と小皿がそれぞれ二枚ずつ、グラスも対のものが 二つ、並んでいるのはそれだけだった。 ただのディスプレイのようだ。
「ミルクだけ」
冷蔵庫を開くこいつの姿など、異色すぎて非日常的な光景のはずなのに、あまりに自然だった。
このガランとした部屋も紅茶を注ぐ奴の指も、嘘くさい。
さらに言えば、喉は渇いていない。
優雅と言える動作で一度口元まで持ち上げたカップを、ふっとテーブルに戻した。 少し間を置いて、俺の前に立ててあった牛乳パックを手に取る。
速くも遅くもない動きだったのに、俺は何も言えず、傾けられて、また直立する牛乳パックを見ていた。
「ユキも同じ反応だった」
キングサイズのベッド上にも、抱き枕なのか縫いぐるみなのかよく分からないものが散乱し、寝るスペース が無い。 目を引く大型デスクトップパソコンの画面にはスクリーンセイバーが踊り、AV機器はクラシックのリミックス をアップテンポで流していた。
「俺の荷物は」
棚を含め君のものだ」 「部屋は」
「…お前はどこで寝ていたんだ」
ままごと人形にでもなった気がする。 茶番ばかりだ。 さっきやっとの思いで飲み干したコーヒーが胃を浸食している錯覚。 飲むんじゃなかった。 いくらこいつが含みのある物言いをしても、何かあるはずもない。 俺たちが共同生活をしていたのは―――
キョウを見る。 俺は無表情ではないが、表情豊かでも無い。
「話が違う」 猫のように笑う。にんまりと。胸糞が悪い。 「互いにリアリスティックな同性愛者だから、トラブルが起きる心配もなく、友人同士として同居している」
俺は異性愛者だ。
「確かに、そう言った」 もったいぶる間の取り方に苛々する。
「俺はユキじゃない」
なった。
何を考えているのか、まったく理解できない。
くす俺を気にも留めず、キョウはベッドから細長い縫いぐるみを持ち上げた。
さっきの話を続けられるよりはマシだと判断し、それを注視する。 手足も胴体も長い。暖色系のマーブル模様。目や鼻や口は無い。
奇妙な縫いぐるみを抱き締める。 もともと理解できない人間の急な変貌に思考が付いて行けず、複雑な気分になった。
「…そうか」
喋るための言葉は浮かんだが、口には出さなかった。 それよりも。 浮かんだ直感。 もしかしたら本当に、キョウとユキは恋愛関係にあったのかもしれない。 少なくとも、キョウはユキが好きだったのだ。 この表情が演技でないのなら。
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