未無題 −4日目午前− 

「認識の齟齬は摺り合わせるどころか溝に変わった」

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「ヨウヘイ、私との約束を破ったな」

昨夜と違い、怒気を感じさせる声だ。


「君がどこでどれほど泥酔しようと構わないけれど、彼を巻き込むことは禁止したはずだ」

そういえば、そんなことをヨウヘイが言っていた。

体感温度を数度下げるような冷たい視線に、ヨウヘイは竦んでいる。

俺の制止も聞かず酔いつぶれた昨日を思えば、自業自得で仕方ないような気もするが、

最初に煽ったのも一部始終をキョウに報告したのも俺だから、少しだけ申し訳ない。


「ごめん!ごめんなさい!俺が悪かった!」

ひたすら謝り倒すヨウヘイを見ながら、俺は完全に蚊帳の外だった。

小言のひとつも飛んで来ない。

ますますヨウヘイに済まない気持ちになる。


「私が君に無断でカリンを飲みに連れて行った挙句、日付が変わるまで拘束したことがあるか」

「な、無いです」

「それくらいの常識は心得ているものだと思っていたけどね」

淡々とした追及に俺の方が居たたまれなくなる。

「キョウ、焚き付けたのは俺だ。悪かった。そいつだけ責めるなよ。それに、俺は男だからカリンとは違うだ

ろ」

男の俺がこの歳で無断外泊したからと言って、カリンみたいな箱入り娘と同様の責任追及は重すぎる。

俺の自己責任のはずだ。


キョウは俺に振り返って眉をひそめた。

「男だから?今は性別の話などしていない。人の恋人を手荒に扱った責めは受けてもらう」


そこで初めて、俺は認識の食い違いに気づいた。

そう考えれば、今までの不可解な言動の説明もつく。

確認を取るまでも無いだろう。

俺の思考は証明問題を解き終えたような納得をした。


「キョウ、訂正をしておく」

同時に噴出した他の問題は差しあたって無視する。

「俺はユキじゃない。だから俺とお前は恋人関係では無い」

キョウは表情を変えず、なるほど、と応えた。

「ヨウヘイ、話は終わった。帰っていい」

俺と目を合わせたままヨウヘイに告げると、俺の向かいのスツールに座った。

ヨウヘイはオロオロしながら俺たちを窺い、じゃあ、また、ほんと、悪かった、とか言いながら出て行った。


***



「齟齬があるようだな」

「お前の誤解を正すだけだ」

ヨウヘイへの説教が始まる前に出されたコーヒーはもう冷えている。

「誤解?君は私の恋人だという認識がか」

「そうだ」


キョウは少し息を吐きながら、軽く曲げた指の背を唇に当てた。

「ユキは私の恋人だ。ユキが消えてしまったとしても、これは変わらない」

俺の開きかけた口を目で制す。

「君はユキではない。つまり、私の恋人がユキから、ユキとヨシハルに変わったということだ」


俺は何から訂正すべきか、たっぷり考えた。

思った以上に事態が深刻だということも認識した。

「ユキと俺は別の人格だ。両方がお前の恋人であるはずが無いだろ。

それともお前は、この体と恋人関係なのか?」

努めて冷静に聞いた。

会話を投げ出して部屋を出て行きたい衝動を抑える。

瞬きをするのに力がいるくらい、俺は奴を読み取ろうとしていた。

「体と、か。面白いことを言うな」

「この外見なら中身がユキだろうと、俺だろうと、構わないってことなのか」


キョウは音も立てずに笑った。

可笑しいというより苦笑に近かった。

「外見の好みで言うなら、男より女の方が良いな」

こいつが元は同性愛者だったことを思い出した。

ということは、男の容姿に一目惚れするなんてことは無いはずだ。


「お前、ユキのどこに惚れたんだ」

言って、なんだか酷く馬鹿馬鹿しいことを聞いた気になった。

キョウはただ嘲笑で答えた。

馬鹿なことを聞くな、と言われた気がした。

それは俺も同感だったので、会話はそこで終了した。





「キャラメルの甘さは涙を誘発する」