「認識の齟齬は摺り合わせるどころか溝に変わった」 ----------------------------------------------------
昨夜と違い、怒気を感じさせる声だ。
そういえば、そんなことをヨウヘイが言っていた。 体感温度を数度下げるような冷たい視線に、ヨウヘイは竦んでいる。 俺の制止も聞かず酔いつぶれた昨日を思えば、自業自得で仕方ないような気もするが、 最初に煽ったのも一部始終をキョウに報告したのも俺だから、少しだけ申し訳ない。
ひたすら謝り倒すヨウヘイを見ながら、俺は完全に蚊帳の外だった。 小言のひとつも飛んで来ない。 ますますヨウヘイに済まない気持ちになる。
「な、無いです」 「それくらいの常識は心得ているものだと思っていたけどね」 淡々とした追及に俺の方が居たたまれなくなる。 「キョウ、焚き付けたのは俺だ。悪かった。そいつだけ責めるなよ。それに、俺は男だからカリンとは違うだ ろ」 男の俺がこの歳で無断外泊したからと言って、カリンみたいな箱入り娘と同様の責任追及は重すぎる。 俺の自己責任のはずだ。
「男だから?今は性別の話などしていない。人の恋人を手荒に扱った責めは受けてもらう」
そう考えれば、今までの不可解な言動の説明もつく。 確認を取るまでも無いだろう。 俺の思考は証明問題を解き終えたような納得をした。
同時に噴出した他の問題は差しあたって無視する。 「俺はユキじゃない。だから俺とお前は恋人関係では無い」 キョウは表情を変えず、なるほど、と応えた。 「ヨウヘイ、話は終わった。帰っていい」 俺と目を合わせたままヨウヘイに告げると、俺の向かいのスツールに座った。 ヨウヘイはオロオロしながら俺たちを窺い、じゃあ、また、ほんと、悪かった、とか言いながら出て行った。
「お前の誤解を正すだけだ」 ヨウヘイへの説教が始まる前に出されたコーヒーはもう冷えている。 「誤解?君は私の恋人だという認識がか」 「そうだ」
「ユキは私の恋人だ。ユキが消えてしまったとしても、これは変わらない」 俺の開きかけた口を目で制す。 「君はユキではない。つまり、私の恋人がユキから、ユキとヨシハルに変わったということだ」
思った以上に事態が深刻だということも認識した。 「ユキと俺は別の人格だ。両方がお前の恋人であるはずが無いだろ。 それともお前は、この体と恋人関係なのか?」 努めて冷静に聞いた。 会話を投げ出して部屋を出て行きたい衝動を抑える。 瞬きをするのに力がいるくらい、俺は奴を読み取ろうとしていた。 「体と、か。面白いことを言うな」 「この外見なら中身がユキだろうと、俺だろうと、構わないってことなのか」
可笑しいというより苦笑に近かった。 「外見の好みで言うなら、男より女の方が良いな」 こいつが元は同性愛者だったことを思い出した。 ということは、男の容姿に一目惚れするなんてことは無いはずだ。
言って、なんだか酷く馬鹿馬鹿しいことを聞いた気になった。 キョウはただ嘲笑で答えた。 馬鹿なことを聞くな、と言われた気がした。 それは俺も同感だったので、会話はそこで終了した。
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