「日本語を話す宇宙人」 ----------------------------------------------------
返す言葉も無い。 ヨウヘイの酒癖は昨夜思い知っていたはずなのに。
あれから、なぜか上機嫌なヨウヘイに連れまわされ、神経が伝達を拒否しそうな騒音の中やら、シートベ ルトの偉大さを知るドライブやらを経験し、最終的には酔いつぶれたヨウヘイを前に途方に暮れるという結 果になった。 仕方なく、ヨウヘイのズボンから引っ張り出した携帯を勝手に使い、俺はカリンに連絡した。 が、現れたのはキョウだった。
予想しなかった訳じゃない。 カリンの深い溜め息は、ヨウヘイだけでなく俺にも向けられていた。 こんな時間にカリンを呼び出す気など無く、ヨウヘイの家の住所を聞こうと思って掛けた電話は、その用件 すら言わせてもらえずに切れた。 そして嫌な予感は的中し、今に至る。
「経緯はわかった。説教はヨウヘイも含めて明日にしよう」 説教、などと言う割には、ずいぶんあっさりした言い方だった。 俺たちを乗せた車を運転しているときも、キョウは感情の読めない顔で俺の話を聞いているだけだった。 科学者が助手の研究結果を聞いているような、興味があるのか無いのかまるで分からない態度で。 カリンやヨウヘイの感情表現が分かりやすかったのとは対照的だ。 何故か、こいつの掌で踊らされている、と感じた。 キョウはただ、カリンに言われて俺たちの迎えに来ただけだ。なのに。
目でバスルームへ行くよう俺に命令し、キョウはヨウヘイを担ぎあげてリビングを出て行った。 俺は命令に素直に従ったあと、少しソファの前で思案したあげく、その前を通り過ぎて例のでかいベッドに 身を沈めた。 もはやヤケクソのような、諦めのような、どうでもいい気分だった。 昼の疲れもあって、考えることが面倒になった。 奴の思惑が何なのか知りたくもない。 俺がその通りに動かされていようといまいと知ったことか。 非常識人に常識的な対応をして何になる。 疲れていたのに、眠りはなかなか訪れなかった。
俺はまだ眠れない自分に嫌気が差し始めていた。
「君は酒を飲むんだな」
唐突にかけられた言葉を、さっきまでの俺なら無視していただろう。 今の俺は柔らかい布団の効果なのか、こいつに対する妙な怒りは沈静化していて、話をしようという気に なっていた。
「ユキは飲まなかったんだろ」 「残念なことに。是非、晩酌に付き合ってもらいたいな」
俺の耳と脳が判断した限りでは、喜怒哀楽の色がまったく付いていない声だった。 瞬時に寝返りをうって、顔を確認する。 無機質な瞳と目が合った。 やはり感情は映っていない。 もう一度寝返りをうって背を向けようとした直前に、少しだけ、キョウの口角が上がった。
「もう寝るといい。おやすみ」
俺は頷いて寝返りをうったが、すぐに考え始めた。 こいつは俺とユキを同一視している。 にもかかわらず、ユキと明らかに違う俺の点も受け入れている。 違和感も不快も無く。 俺をユキの一部だとでも思っているのか。 ユキの顔をしていれば性格などどうでもいいのか。 前者なら、誤解は解く必要がある。 後者なら、ますます俺とキョウは相容れない。
俺は宇宙人の隣で眠りに落ちた。
|