未無題 −3日目午後− 

「日本語を話す宇宙人」

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「で、その結果がこれか」

返す言葉も無い。

ヨウヘイの酒癖は昨夜思い知っていたはずなのに。


あれから、なぜか上機嫌なヨウヘイに連れまわされ、神経が伝達を拒否しそうな騒音の中やら、シートベ

ルトの偉大さを知るドライブやらを経験し、最終的には酔いつぶれたヨウヘイを前に途方に暮れるという結

果になった。

仕方なく、ヨウヘイのズボンから引っ張り出した携帯を勝手に使い、俺はカリンに連絡した。

が、現れたのはキョウだった。


予想しなかった訳じゃない。

カリンの深い溜め息は、ヨウヘイだけでなく俺にも向けられていた。

こんな時間にカリンを呼び出す気など無く、ヨウヘイの家の住所を聞こうと思って掛けた電話は、その用件

すら言わせてもらえずに切れた。

そして嫌な予感は的中し、今に至る。


「経緯はわかった。説教はヨウヘイも含めて明日にしよう」

説教、などと言う割には、ずいぶんあっさりした言い方だった。

俺たちを乗せた車を運転しているときも、キョウは感情の読めない顔で俺の話を聞いているだけだった。

科学者が助手の研究結果を聞いているような、興味があるのか無いのかまるで分からない態度で。

カリンやヨウヘイの感情表現が分かりやすかったのとは対照的だ。

何故か、こいつの掌で踊らされている、と感じた。

キョウはただ、カリンに言われて俺たちの迎えに来ただけだ。なのに。


目でバスルームへ行くよう俺に命令し、キョウはヨウヘイを担ぎあげてリビングを出て行った。

俺は命令に素直に従ったあと、少しソファの前で思案したあげく、その前を通り過ぎて例のでかいベッドに

身を沈めた。

もはやヤケクソのような、諦めのような、どうでもいい気分だった。

昼の疲れもあって、考えることが面倒になった。

奴の思惑が何なのか知りたくもない。

俺がその通りに動かされていようといまいと知ったことか。

非常識人に常識的な対応をして何になる。

疲れていたのに、眠りはなかなか訪れなかった。



***



キョウがベッドを軋ませた。

俺はまだ眠れない自分に嫌気が差し始めていた。


「君は酒を飲むんだな」


唐突にかけられた言葉を、さっきまでの俺なら無視していただろう。

今の俺は柔らかい布団の効果なのか、こいつに対する妙な怒りは沈静化していて、話をしようという気に

なっていた。


「ユキは飲まなかったんだろ」

「残念なことに。是非、晩酌に付き合ってもらいたいな」


俺の耳と脳が判断した限りでは、喜怒哀楽の色がまったく付いていない声だった。

瞬時に寝返りをうって、顔を確認する。

無機質な瞳と目が合った。

やはり感情は映っていない。

もう一度寝返りをうって背を向けようとした直前に、少しだけ、キョウの口角が上がった。


「ヨシハル」


俺は身構えた。


「もう寝るといい。おやすみ」


俺は頷いて寝返りをうったが、すぐに考え始めた。

こいつは俺とユキを同一視している。

にもかかわらず、ユキと明らかに違う俺の点も受け入れている。

違和感も不快も無く。

俺をユキの一部だとでも思っているのか。

ユキの顔をしていれば性格などどうでもいいのか。

前者なら、誤解は解く必要がある。

後者なら、ますます俺とキョウは相容れない。


俺は宇宙人の隣で眠りに落ちた。





認識の齟齬は摺り合わせるどころか溝に変わった