未無題 −3日目午前− 

「大型犬と散歩」

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ちょっとぶらぶらしてからキョウの部屋に行く、と言った俺を、カリンは制した。

「あのねぇ、ヨシハルくん。あなたはお金も身分証も持ってないのよ?しかも土地勘ゼロ!

一人でフラフラさせられるわけないでしょ!」


確かに、一理ある。


「今ヨーヘー起こしてくるから、昨日みたいにヨーヘーに案内してもらって」

何かあったら困るんだから、とカリンは客間に向かったが、俺としてはヨウヘイがその方面で頼りになると

はあまり思えなかった。


カリンが淹れてくれたコーヒーに牛乳を注いで飲みながら、今日の予定を考える。

カリンによると、キョウは夜にならないと帰らないらしい。

どう時間を潰すか。

ふと、ミクロ経済学のレポートが頭をよぎったが、すぐに思い出す。

提出期限はもう半年前に過ぎてる。

それでも焦りは感じなかった。


「今夜はどうするの?」

カリンが戻ってきて俺の前に座った。

「今夜?」

「寝床。キョウのとこに泊まる?それともうちにまた来る?今夜はヨーヘー来れないから、私と二人になる

けど」

意地の悪い笑みを浮かべる。

どうしても俺をキョウの部屋で寝かせたいらしい。


一昨日の夜を思い出す。

ソファで寝ると言った俺に対し、奴は「そのソファは飾りだから使うな」とのたまった。

あのでかいベッドに二人で寝ることに、いったい何の問題があるのかと問いたげに。

やましいところは無いが、当然まったくもって気が進まない。

だが、奴と箱入り娘。しかも一応友人のカテゴリに入るだろうヨウヘイの彼女。

選択肢は無いも同然だ。


「キョウは同性愛者じゃなかったのか?」

「そうよ。ユキも。だから運命なんでしょ?」

理解できない。

運命なら俺の出る幕は無いはずだ。

俺はユキとキョウの障壁でしかない。


はた、と思う。


なるほど、これでユキだけじゃなくヨシハルもキョウに惚れたなら、下らない昼メロのような展開だ。

それが女たちの喜ぶ「運命」ってヤツなんだろう。

だが。

「本当にそれでいいのか?」

ユキの立場はどうなる。

俺は最後には退場が決まっているような、戯曲に出てくる間男とは訳が違うのだ。

ユキが戻る可能性は、無きに等しい。


「昨夜も言ったでしょ。ユキでもヨシハルでも関係ないの。キョウに直接聞けば良いわ」


そもそも俺はキョウに惚れないから仮定の話は無意味だということに気が付いたのは、慌しく飛び出して

きたヨウヘイと共に家を追い出されてからだった。



***



ヨウヘイが朝飯のために連れて来てくれたのは、大学だった。

「学食は安いし量多いからマジで学生の味方だよな」

「おまえ、今日は授業出ないんだろ?」

「おう、飯食いに来ただけ」

含むところが一切無い笑顔で言い切り、大盛りのカツ丼を頬張る。

何でもいいといった俺も、カツ丼(並盛)に箸をつけた。


「ヨウヘー。お前午前の授業サボりやがったな」

「おー、午後もサボる予定」

ヨウヘイは友人が多いらしく、似たような会話が繰り返されている。


「あ、ヨウヘー、と、誰?」

「ユキ、じゃなくて、ヨシハル」

「え、何かヨウヘーの友達っぽくないじゃん!今度の合コン連れて来てよ!」

「だーから、俺は今彼女とラブラブ〜で合コンなんか出ねーの!」

俺は食べ終わったトレイを返却口に運ぶために立ち上がった。

「ユ、ヨシハル」

「?」

「どこ行く気だよ」

「返してくる」

トレイを軽く持ち上げて見せると、

「あ、あぁー、そっか。うん、行ってらっしゃい」

ヨウヘイは妙に挙動不審な返事をして、女との会話に戻った。

「もう行けよ。授業始まるぞ」

「えー」


トレイを返して戻ってくると、ヨウヘイも食べ終わっていた。

話しながら食べていたこともあり、俺が席を立ったときはかなり残っていたはずだが。

「悪かったな」

「何が?」

「あいつ、あー無遠慮?、で」

何を言っているのか一瞬分からなかった。

あいつ?無遠慮?

「あぁ、さっきの。別に」

合コンがどうとか言ってた女のことか。

そこで始めて、その女も含め、周囲に人が居なくなってることに気づいた。

授業が始まったのか。

「気にしてねーならいんだけど…キョウに言われてたのに連れて来ちまって、んで、こんな話したなんてバ

レたら、なぁ?」

相変わらず、話に脈絡が無い。

「…キョウに何を言われたって?」

「あーユキを学校に連れてくのは禁止されてたんだよ」

「どうして」

「よく分かんねーけど、俺が連れてると目立つし、ユキに悪影響だからって」

「だったら気にするな。俺はユキじゃないし、こんなことで悪影響は受けない」

犬に言い聞かすように、ゆっくりはっきり言ってやる。

ヨウヘイは、確かにユキじゃねーもんな、と納得した様子で頷いた。

「んじゃ、行こうぜ」

「どこに」

「ユキは連れて行けないとこ!」





日本語を話す宇宙人