未無題 −5日目未明− 

「寝ている間に降り出す雨は虹を産まない」

----------------------------------------------------


並べられたアルコールは、結局ひとつも減らなかった。

カリンの気迫とヨウヘイの努力によって片付けられた1Kの室内は、カリンの家よりよほど居心地が良かっ

た。

本棚からはみ出している漫画や雑誌にも、親しみを感じたほどだ。


「お前、寝なくていいのか?」

「んー、明日は全休ー」

携帯から顔を上げずに答える。

「俺が言うのもおかしいが、悪かったな」

「なにがー?」

うつ伏せから仰向けに姿勢は変えたが、顔の位置はそのままだった。

「明日休みなら、今晩こんなとこで暇してるのは退屈だろ」

責任はキョウにあると思うが、俺もどちらかと言えば加害者側だ。

「んなこと気にしたのかよ?なんつーか、ユキらしいなぁ」

相変わらず携帯を覗き込んだまま、ヨウヘイは笑った。

「ん?でも今はユキじゃねーんだから、ユキらしいってのは間違いか?ん?」

そう言いながら、携帯を閉じて俺を見上げる。

「合ってはいないな」

考える必要性を感じなかったので、簡潔に答えてやった。


「なんかさー、俺にはよく分かんねぇんだけど、ユキとヨシハルってそんな似てないか?」

ヨウヘイ得意の脈絡のない話題転換に、俺は溜め息で答えた。

「俺が知るかよ」

「・・・確かに」

神妙な顔つきで同意されて、脱力する。

「お前から見ると同じか?」

ヨウヘイは片手で携帯を開けたり閉じたりしながら少し唸り、

「まぁぶっちゃけ大差無いっつーか、ユキがデカくなればヨシハルみたいになるだろーなーっつーか」

俺の脳裏に奇天烈なヒトデが浮かんで消えた。


「キョウが見れば、ユキとヨシハルって同じなんじゃねーかなー多分」

「それは知ってる」

「虹のさー、赤いとこも青いとこも、虹には変わりねーじゃん?そんな感じ」

その例えは分かりやすいようで、まったく意味の分からない比喩だった。

内容を少し脳内で租借して、ヨウヘイを見た。


「この場合の虹ってのは、なんだよ」

「ん〜?キョウの好みじゃね?」

それじゃ俺とユキが同一視される例えにならないだろ・・・。

好みの人間が全員同一人物って解釈は無理がある。


そのとき、不意に思い出した。

今朝、いや、もう昨日か。

あいつとした会話だ。


「「お前、ユキのどこに惚れたんだ」」


「なぁ、ヨウヘイ」

「んあ?」

「お前、カリンのどこに惚れたんだ?」

にかっと、音がしそうな笑顔だった。

「全部!」

「・・・」

「目も鼻も口も怒りっぽいとこも優しいとこもすぐ泣くとこも、俺よりキョウが好きなとこも」

俺は驚愕とともに、少し、ヨウヘイに対する認識を改めた。



***



おぼろげに、キョウの思考回路の法則性が見えた気がする。

ユキに惚れた理由と俺に惚れた理由。

あの時は馬鹿らしいと思った疑問の答えを、聞いておくべきだった。

苛々と布団に拳をうずめる。

頭痛までしてきた。

気圧が下がって雨が降ろうとしているのだと、鈍い頭痛から分かる。

床で快適そうに眠るヨウヘイを一瞥して、俺は頭まで布団をかぶった。

明日起きた時、不快な雨の音が聞こえてこないようにと願った。







「」