17.「約束。」
「ひさしぶり」
いつも、わざとらしい薄い笑いを顔に貼り付けて、目を合わせなかった。
対峙するとき、お互い身じろぎもしなかったのは、堕ちそうだったから。
堕ちるのが怖かったわけじゃない。
そのきっかけは、自分ではなく相手に、押し付けたかったのだ。
ごめんなさい。
私は、狂いつつある。
あの頃の、私は、
みんなが歩く時間軸の途中で、必死に流れに逆らった。
座り込んで、俯いて。
誰に呼ばれても、顔をあげなかった。
背中を圧され、ずるずる進む自分が、殺したいほど不快で醜悪だった。
新しいものなんて要らない。
そんなものが入り込む隙間はないんだもの。
卑小で愚劣な私は、新しいものを手にすれば、古いものを捨ててしまうわ。
あなたとの記憶を、約束を、常に痛むほど深く、刻み付けていたいのに。
忘れたくないのに。何ひとつ。
だから、ねぇ、私の拙い頭に、これ以上新しいものを送り込まないで。
そう、絶叫したのに、自分でつけた大切な傷は、どんどん癒えて、痛みを忘れていく。
あなたの感触と記憶が、どんどん色褪せていく。
歳をとったときの驚愕、あなたも感じたでしょう?
歳をとるだなんて、大人になるだなんて、まったく、想像していなかったから。
目の前に突きつけられて、愕然とした。
追い越してしまった、あの頃のあの人の歳。
笑っていないと、泣き叫んで発狂しそうだった。
窓際の指定席。
いつまでも、いつまでもいつまでも。
永遠だと思ってた。
子供の頃の大事な約束。
「私を、裏切るな」
子供じみた、けれど、真剣で必死な精一杯の。
あのとき、自分に誓った。
死んだら、あなたのものになると。
そして、あなたは私のものになるのだと、無条件に信じている。今も。
今、生きているあなたには、固執しないよ。
大人になってしまった私とあなたは、あまりに鎧を纏い過ぎているもの。
まともに話なんて、できない。
皮肉と、隠語と、過去の思い出と、今の確認。
冗談っぽく敬語を使って、深入りしない。
底無し沼から抜け出すのは、かなり大変だから。
でも、死んだら、あなたは私になるし、私はあなたになるでしょう?
だから、お願いします。
許してください。
今、の私が、軽薄になっていくのを。
あなたから、遠ざかっていくのを。
決して、忘れているわけではないのです。
狂いつつは、ありますが。
私の身勝手な独白。
これは新しい傷口になる。
しばらくは、どくどくと血を溢れさせて、私を縛るでしょう。
生まれ変わるなんて、冗談じゃない。
私と、あなたがいく場所は決まってるもの。
どうかそれまで、私を見捨てないで下さい。