「火傷」

 

 

くだらないわ。

真珠の涙を床にばら撒きながら、貴女は言い捨てた。

不快なのよ。

嘲笑うように唇を歪め、指を震わせる。

 

俺は棘を呑み込んで

焦熱を全身で受け耐えて

彼女から目を逸らさない。

 

彼女はうそつきなわけじゃない。

天邪鬼なわけでもない。

あまりにも優しすぎて、偽善者になれないのだ。

 

それを知っているから、俺は気付かないフリをする。

それを知っているから、彼女は心火を殺さない。

 

饒舌な俺だけど、彼女の前では呼吸すら無音にする。

激越な彼女だけど、普段は無口で無表情で無感動。

 

触れたいと渇望しても

温度差で傷付くとわかっているから

俺たちは距離を保つ。

 

触れてしまったら

俺はマグマに触れたように火傷するだろう。

彼女はドライアイスに触れたように火傷するだろう。

 

どうして

温め合えないのか。

冷まし合えないのか。

 

理想通りにいかない現実に

彼女が熱すぎる心を炭化させてしまわぬよう

俺は音をたてずに熱さに耐える。

 

彼女が傷付くことで俺が傷付くのが怖い。

それは、彼女も同じで。

 

俺たちは動けない。

 

だけど、

 

せめて、

指先だけでも。

 

どうか、

あの雫を。

 

受けることが、できれば。

 

息を殺して、空気の境を縫うように、指を近づける。

 

 

彼女が俺の手を掴んだ。

 

一瞬にして、2つの手に水泡ができて潰れる幻覚がよぎる。

 

激痛に似たあまりの衝撃に息が止まった。

 

それでも、手は離さない。

 

…ああ、そうか。

大丈夫だ。

この痛みは、大丈夫だ。

痛いんだってことが解れば、何の問題も無い。

 

痛いけれど、ぶすぶすと煙が上がっているように感じるのは錯覚だ。

 

今まで傷つけられてきた痛みとは、違う痛みだ。

 

狂おしいほどに甘く、体がバラバラに千切られているような痛さだ。

 

俺は、思い切って、口を開く。

 

「あんまり、泣かないでよ」

 

彼女は自分の喉に爪を立てながら頷いた。

 

できれば彼女を抱き締めたいけど、

それは今すぐじゃなくていい。

 

呼吸が乱れるほどの痛さと感情に

俺は耐え切れず声を出して笑った。